Lonely Planet with FilmCamera

孤独な地球を写して

不確かな記憶と平凡な写真

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この写真は私が18歳の時に、単身アイスランドに渡った先で撮影したものである。当時はカメラについての知識や技術はなく、ただなんとなく撮影したものだ。先日過去の写真を整理して、たまたま出てきのである。

ここに写っている青い服を着た女性はフランス人で、私より2つ年齢が上だ。左側の女性は台湾人で、同じく2つ上だった。

ひょんな偶然から彼女たちとめぐり合い、しばらく時間を共に過ごし、旅をし、結果的にこの1枚が生まれた。

あれからもう何年も過ぎ、こうやって思い返してみた結果、写真というのは月日が経てば経つほどその価値は高まることがわかった。きっと当時であれば、この何となく撮った写真はごく普通の写真で、特に見返すこともなかっただろう。

ただ、当時から相当な月日が経ち、当時のことに思いをはせるとなると、彼女たちは元気にしているだろうかと、この写真を眺めながら胸が痛む。台湾人の女性は、その当時から何度か縁があり、台湾や日本で会うものの、フランス人の女性とは会えない。きっとこの先も、会えるか会えないかわからないだろう。台湾人の女性だって、きっと会えたとしても死ぬまでに2〜3回だ。

なぜ彼女たちの顔をしっかりと写さなかったのか、非常に悔やむ。彼女たちの顔は、うる覚えではあるものの、いつかきっと忘れてしまう。思い出は薄れることなく、ほぼ毎日のように懐かしんでいるのに、その細部はどんどん闇に飲まれていくだろう。

しかし、こうも思う。顔が写っていない、なんてことのない写真だからこそ、彼女たちの現在を想いられるのだ。輪郭が曖昧で、極めて不確かな記憶が、返って、旅の記憶を鮮明にし、彼女たちとの繋がりを強くしてくれているのだと。文章ではうまく書けないけれど、このなんて事のない写真を撮った当時の私に感謝して、日曜日を終わりにしたい。