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木陰のなかの水たまり

日常のささいなことや、光や影について、ゆるく書いていければなと思います。

アイスランドでの出会いから

ほのかな灯火が風で吹き消されないように、私にはそっと手で守り続けている友人がいる。私たちの関係は、日本と台湾という近いようで紛れもなく遠い距離で隔てられている。そのためか、私はよくその人に想いを馳せ、元気に過ごしているかと想像するのである。私とその人は、私が18歳のときにアイスランドで出会った。

18歳の夏休み、私はアイスランドにひとり旅をした。正確に言うと、写真を学びに行ったのである。18歳で一人で海外に行くなんて無謀ではないか、と思われるかもしれないが、振り返ってみると本当に無謀な決断だった。なにせ当時の私は一人旅なんかしたこともなく、海外にすら行ったことがなかったのだから。しかし当時の私は、なんて暑くて長い夏休みなんだと思い、「息を呑むほどの絶景」と謳い文句につられ、気が付けば航空券を買っていた。ツアーや留学ではなく、純粋に航空券だけを買ったのである。

親に相談すると、ああ、そう行っておいでと軽々しく承諾した。私も事の深刻さを理解せず、ガイドブックも読まないまま、航空券片手に成田へと向かったのだった。シンガポールとロンドンで乗り継ぎ、気がつけば真夏のアイスランドの広大な大地を踏みしめていた。なんと奇跡的なことだろう。今ではアイスランドに辿り着ける自信さえない。今でこそ、アイスランドはエコな国として、あるいは温泉やオーロラで有名になっているが、当時は、え、アイスランドアイルランドじゃなくて?という認知度だった。

そんな国に、18歳の私がキャリーバッグを引きずりながら、3週間も滞在したのである。アイスランドは人種的にゲルマン系が多く、白人の中でもさらに白く、ブロンドの髪はさらに輝いている。その中でアジア系の私は、目立っていた。下手をすると、中学生とも認知されかねない風貌で、街を闊歩していたからである。

その年の夏は、イタリアから著名な写真家がアイスランドに滞在し、時折オープン講義が開催された。写真に魅せられていた私はその講義に潜り込み、世界中からやってきて「真剣に」写真を学ぼうと志す人たちと時を過ごしたのだった。もちろんアジア系の人は皆無だ。その、台湾人の人を除いては。(つづく)