Lonely Planet with FilmCamera

孤独な地球を写して

花蓮での淡い記憶

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今週は、あっという間に過ぎ去った。仕事が早く終わったっていうのもあるし、時間内に仕事がたくさんあって、あまり息をつく間もなかったからかもしれない。こんな具合に毎日毎日が瞬く間に過ぎ去っていくのは喜ぶべきことなのか、考えるべきなのか。気が付けば、死の直前に来ていることだってあり得るのだ。

先日の台湾地震では、花蓮という場所が甚大な被害を受けた。私はこの場所にはちょっとした思い入れがあるだけに、心を痛めている。

19の時、初めて台湾を訪れて、電車に乗って1周したことがある。その時花蓮に2泊したのだ。colorful taiwanというかわいらしいゲストハウスに泊まって、台湾人とスクーターを二人乗りし夜市に行った。当時の会話の中で、日本の就職活動について英語でなんとか伝えようとしたのを、覚えている。そしてもう1つ。太魯閣渓谷という場所までバスで移動するにあたって、一体どのバスに乗ればいいのか訳が分からず困っていた。当時は台湾人気もさほどなく、観光オフシーズンであったため、バスは1日に2本しか通っていなかったのだ。だから1本バスを逃すと大変なことになる。そこでバスの運転手に聞きまわっていたのだが、どの人も英語がわからず頭を抱えていた。その時、バスの後ろのほうから、「日本人の方ですか?」と声をかけられた。振り返ると、とてもきれいな女性が立っていた。よくよく話すと、彼女は日本人で、2年間香港に留学していたのだという。私に代わって、中国語で運転手さんと交渉してくれ、太魯閣渓谷行きのバスであることを確認してくれた。

偶然彼女の宿泊するホテルはその途中にあり、30分ほど彼女と話しながら目的地まで向かった。彼女は息をのむように美しかった。別れる際、彼女は名前を教えてくれ、帰国したら連絡してほしいと言った。ぜひ、日本で会いましょうと。しかし私は、彼女の名前を控えてなく、唯一書き留めた電話番号のメモも紛失してしまった。大学名と年齢だけは覚えていたので、帰国後なんとか探し当てようとしたが、無理だった。何千人という中から彼女を見つけられないのは、ある意味当然かなと思った。そんな淡い記憶を抱きながら、大学を卒業し、数年後。なんとなくテレビを付けたら、その彼女が写っていた。まさかと思って、目を疑った。女優さんになっていたのだ。

彼女は今でもよくテレビで見かける。国内のみならず、海外でも活躍しているらしい。彼女を見るたびに、花蓮という街で彼女に助けられたことや、19歳という若く勢いのある時のことを思い出す。風がほどよく抜け通るような青春が、しっかり私にも存在したのだと。

台湾地震での被害が、はやく落ち着いて人々の心に安らぎが訪れますように。