木陰のなかの水たまり

日常のささいなことや、光や影について、ゆるく書いていければなと思います。

憧れの人はいるだろうか

憧れの人を見つけたい。尊敬する友人・知人は数多くいる。しかし「この人についていきたい」と思う人にめぐり逢えたらと思う。憧れの人が身近にいることは、幸運なことだ。絶対的な目標が自分の中に生まれるからだ。そしてその人からアドバイス等をもらえたらさらに良い。あなたには憧れの人はいるだろうか。

職場でも学校でも、年齢に関係なく尊敬できる人は多いはずだ。誰しも優れた資質を備えているのだから。たとえば、仕事ができないけど非常に優しい、とか非常に怖いけど仕事ができるとか。一人の人間をよ~く見ると、良いところは必ずある。尊敬すべきところはそういうところから探せば良い。ただ、そういう部分的なことを尊敬出来る人に、あなたは積極的に「ついていきたい」と思うだろうか。私は思わない。ついていきたいというより、その部分的なところを自分自身に適応して改善しようと思う。

「ついていく」というと、盲信的で、なんだか新興宗教にのめり込みそうな感じがするが、そうではない。精神的に不安定になると、多少カリスマ性のあるものに惹かれてしまうものだ。頭の良い人は、そういう状態にある人をすぐに見抜く。そしてすぐにコマとして操る。そこは気をつけなければいけない。しかしちゃんと視野を広くもって、思考も正常に働いている上で、憧れの人はやはり欲しい。どうすれば見つけられるのか。

私もそこは非常に悩んでいることだが、解決策はどんどん行動していくことではないかと思う。自分の興味関心に素直になり、その道をかじってみる。少しずつ上達してその道に詳しくれば、ああなりたいこうなりたいという欲求が生まれてくる。そこで運良く憧れの人に巡り合う。運良くというのがまた微妙な感じなので、やはり行動してどんどん機会を作ることだと感じる。上記は自分にすべて言い聞かせている。

また、1つ違った手段ではあるが、その人が窮地に陥っている様をみることも大切だ。その人の本性が現れるから。その時、どんな対応をするかでその人の印象は随分と違ってくるだろう。非常につらいなか、自己犠牲の精神を垣間見ることができるかもしれない。

憧れの人は、いるだろうか。