木陰のなかの水たまり

日常のささいなことや、光や影について、ゆるく書いていければなと思います。

ハナミズキの思い出と別れ

私がかつて交際していた人(異性)は一青窈の『ハナミズキ』を歌うのがとても上手だった。その人が小さな声で口ずさんでいる『ハナミズキ』を聴くのも、カラオケて歌っているのを聴くのも好きだった。実際私は『ハナミズキ』という歌はあまり好きではないのだが、その人が歌う『ハナミズキ』はどことなく透明感があり、なんとなく悲しげでいつも私の心を打っていた。

 

今から何年も前のちょうどこの時期、私たちはとある地方の大きな公園にサイクリングに出かけた。まだ少し肌寒い。けれど陽光は確実に暖かみを帯びている。顔に吹き抜けるわずかな風は実に気持ちが良い。サイクリングに疲れてベンチに腰を下ろすと、ハナミズキが咲き誇っていた。その隣にはピンク色の木蓮があったのを覚えている。

恋人と早春のベンチに腰を下ろし、花々を眺めるのは実に素晴らしいことだ。これから本格的にやってくる春に心ときめき、会話も弾む。

 

目の前に咲くハナミズキ。私はその人が歌うハナミズキが好きだと言った。しかしその人は、ハナミズキがどんな花なのか知らなった。ハナミズキの歌を上手に歌うのに、ハナミズキの花を知らない、そこがなんとも可笑しく笑いあった。春のうららかな陽気の中で、その滑稽さは今でも私の中で素敵な思い出として残っている。

 

その半年後、私はその人と別れてしまったが、今でもハナミズキの季節になるとその人のことを思い出す。連絡も取りあっておらず、どんな人に囲まれて何をしているのかも知らない。しかしその人は今でもどこかで、一青窈の『ハナミズキ』を歌っていることと思う。ハナミズキが咲いているのを見ても、それがハナミズキだとわからずに。