木陰のなかの水たまり

日常のささいなことや、光や影について、ゆるく書いていければなと思います。

かつて夢というものが現実だった頃

私が珍しいのだろうか、生きていく中で夢というものをあまり抱いたことがない。年を重ねるにつれその傾向はますます強くなっている。

 

もちろん、こうなったらいいな、とかこうなりたいなという願望は持っている。ただ、夢というものが具体化し、それに向かって努力して達成するという、強固でソリッドな夢はあまりなかった。
個人の行動を突き動かすような夢はなかった。

 

私は、夢を持ってそれを実現しようともがいている人を尊敬する。そして、どうやってらそんな夢を抱くことができるのか、あるいは抱くことが出来たのかを不思議に思う。
できれば、問うてみたい。けれど、納得するような答えが返ってくるとは思えない。なぜなら、その人自身気が付かぬうちに夢を抱いていたのかもしれないし、夢を努力して見つけたということはほとんどなかったと思うからだ。夢を実現するために努力したことはあったとしても、夢を見つける事に努力したことがあったのだろうか。

 

夢がないことは悪いことだとは言わない。そういう生き方もあっていい。むしろそういう人たちのほうが多いだろうと想像する。
しかし、私の人生を振り返った時、こうなりたい!という思いから行動したことがあっただろうか。そうではなく、日々の時間に押し流され、意思とは関係なく今のこの場所にたどり着いたのではなかったか。気がついたらこの場所に立っていたのではなかったか。
自分で選んだ道だと言えるのか。

 

何か小さなことでもいい。
こうなったら良いな、こうありたいな。
ということを1つ掲げ、それに向け何かしらの行動をとる。そうやって少しずつ小さな成功を成し遂げていこう。
もしくは、自分が好きだと思うことやっていて楽しいと思える感性を磨いて、そのアンテナの通りに進んでいこう。

もしかしたら、その先に目標があるのかもしれない。