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木陰のなかの水たまり

日常のささいなことや、光や影について、ゆるく書いていければなと思います。

SNSを止めたことによる時間の発生について

私はfacebookが日本に紹介された当初からfacebookを愛好していた。

ちょうどその頃ヨーロッパに行くことがあり、海外で知り合った人たちとfacebookを交換し、普段なかなか会えない中でもコミュニケーションを図ることができた。

2010年から2013年くらいまでは活用しており、日常で顔を合わせなくても友人の近況を知ることができるのは素晴らしいことだと感じていた。

 

しかしここ最近、facebook上に現れる不快な広告やどこの誰かもわからない人の動画が溢れている。

また意識高い系(というよりSNSでお金を稼ごうとしている人々)や、いかにも出会い目的で使用している人が明らかに増えた気がする。

それに人々の投稿だって、SNSが誕生した当初のように気軽に投稿できるものではなく、少しずつ他人を意識した投稿に変化している。

 

正直、ここまで来ると、facebookを開くメリットはほとんどないように感じた。

けれども、気が付けばアプリを開いてしまっている。

 

fcebookをやめることにより一体どれほどのデメリットがあるのか、いかに情報から取り残されてしまうのかを実感するために、ケータイからアプリを消してみた。アカウントは残っているので、問題はない。

 

削除してから2週間ほどが経つが、デメリットは感じない。不思議なことに、facebookを見たいという気持ちも沸き起こらない。

何気なく覗いてしまうサイトであっても、アプリを消すという手段をとると、見事なまでに開かなくなるのだ。これは正直、大きな驚きだった。

 

隙間時間でついついケータイを開いていた時間が、私に「自由な時間」として与えられたのだ。

この「自由な時間」を有意義に使えるようにしたい。

 

さて、一体何に使おうか。