Lonely Planet with FilmCamera

孤独な地球を写して

連日の大雨について

 

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連日の大雨で被災した方々は本当に大変だ。多くの人が指摘するように、民放キー局は報道の仕方をもう少し考えたほうが良さそうだ。東京で通勤時間に小雪が舞うのと同じくらいの分量でしか報道していないのではとも思ってしまう。まぁここで報道の少なさを嘆いただけでは、この複雑な仕組みは何一つ変わらないのだけど。だから、この災害に住む地域の方々は、どうか負けずに、日々生き抜いてほしい。

最近体調を崩す機会が多くなった。それも1つの体調の悪さから芋づる式にどんどん連鎖していってしまう。どの症状も根本は同じな気がする。ここらで1回心身共にリセットしたほうが良いと、私の心が告げている。

だから職場には迷惑かけるし、自分でもどうかと思うがちょっと思い切って休養の時期に入ろうかと思う。こんなことはただのサボりだとか怠けだとか言われることも最もで、自分でもそれを痛感しているから。だから心身の休養と言っても自分の中でどれだけ納得して休養に入るかと言われても余計苦しくなるだけなんだが。

日曜日の夕暮れ

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もう時刻は17時をまわり、そろそろ日が暮れる時刻となる。夏至も過ぎ、少しずつ太陽の出番が少なくなってくる。日曜日のこの時間はとても寂しい。週末が静かに手を振りつつ去っていくからだ。明日からはまた平日が顔を出す。現職についてから、平日が出勤日で平日に休めることはほぼない。前職は土日関係なく勤務があったので、平日に休みがあることは当たり前だった。今思うと、平日に休みがあることは幸運だった。病院にも行けるし、市役所や銀行にも行ける。土日の連休がない代わりに、5日間も連続で働くこともなかった。言っちゃ悪いが、5日間も連続で働くなんて、身体に悪いんじゃないかと思っている。

よって前職では日曜日のこの時間に寂しいと思ったことはなかった。平日5日間働いて、週末休んでというリズムが身体に染み付いてから、いつの間にか日曜の夕暮れが寂しいものとなった。

身体を鍛えたり、本を読んだり英語の勉強をしたりしたいのに、何せ時間が足りない。時間は作るものだというけれど、これ以上どこを削って生活すればいいと言うのか。それでも色んなことに時間を費やせている人もいるわけで、彼らを私のどこに違いがあるのか、問うて見たい。日曜の夕暮れは、とにかく寂しい。

雨の日の再会

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今日は雨。梅雨らしい気候だ。雨は嫌いではないが、何せ洗濯物が乾かない。一人暮らしでもヒイヒイ言っているのに、ご家庭を持っている方々はどのように対処しているのだろうか。

今日は久々に友人に会ってきた。友人に会うなんて、3ヶ月ぶりだ。この間、お付き合いしてる方以外では、誰とも会っていない。だから友人に会えることを前々から楽しみにしていたのだ。

その友人とは学生ぶりで、定期的に連絡も取っていなかったから、一体どこで何をしているのかも分からなかった。会って見ると、紆余曲折ありながらも日々を楽しんでいるようだった。学生時代の印象では、素直で謙虚、そして実直に前に進むタイプの方だと思っていた。実際、今日会ってみてもその印象は変わらなかったのだが、もう1つ、自分の行ってきた事柄に対して、自分なりにちゃんと評価している強さを私は認めた。多くの人は自分が行ってきたことに対して、それがうまくいっていない場合には悲観的になったり自虐したりするものだが、その人は飽くまで公正に自分の行ったことを評価しているようだった。それができるのは、良い意味でも心の強ささだと、私は思っている。

学生の頃から自分のペースで努力している友人に、勇気をもらった気がする。会えたこと、私は嬉しかった。

 

行動の先に見えるもの

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今日は少し肌寒い。梅雨寒だ。先日は半袖でも暑かったのに、今日は羽織りものがあっても涼しく感じる。気候の変動で、体調を崩す人も多いみたい。気をつけよう。

さて、最近はいろいろと忙しかったり考えたりすることが多くて、友人とも疎遠になってしまったし、心があまり落ち着かない日々を送っている。本当は平日の仕事に予定を入れたり、土日はアクティブに過ごしたりしたいのだが、インドアで鬱々とした毎日になってしまう。多少は英語の勉強をして、海外の大学院のことも調べてはいるが。

ゴールデンウィークが明けたあたりから、立て続けにあまり良くない出来事が続いている。愛犬と私の病気、仕事のこと、将来の進む道。ほんのわずかなボタンのかけ違いから、気がつけば取り返しのつかないところまで来てしまった気がする。それも誤った選択をし続けて、もはや修正が不可能なところに。そして一体いつボタンを掛け違えたのかと聞かれても、自分でも全くわからない。

本を読んでいる時間や英語の勉強をしているときは、未来への選択肢が少し増えたような気がして楽になるのだが、それでも結局のところ幻想に過ぎないのだと気がつく。あと10歳若かったら、ということばかり考えてしまう。Never too late to do whatever とも思うのだけれど、最後の勇気が出ない。行動していけば、見えてくるものはあるのだろうか。

 

夏らしい陽気

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この1ヶ月間、体調を崩した時以外は英語の勉強をしている。勉強といっても楽しんでやっている。学生の頃みたいに単語帳を買ったりテキストを読んだりなんてことは一切していない。ニュースを英語で見たり、調べ物をするときに英語のサイトで調べたりするくらいだ。でもこれが一番効果的な英語学習だと気がついたのはつい最近のこと。

CNNとBBCには本当にお世話になる。アナウンサーの発音もわかりやすいし、何より文法的に正しい英語を話すから(当たり前か)、すっと頭に入ってくる。トランスクリプトなんかをホームページからダウンロードして聴きながら読むと、より一層の勉強になる。こんなことを仕事終わりに1時間〜1時間半くらい毎日やっていたら、グングン英語能力が伸びている気がする。もう少ししたら、海外大学院に申し込みすることのできる英語能力くらいは身につくんじゃないかと、勝手に予想している。

CNNを見ているおかげで日本のニュース番組はほとんど見なくなってしまった。だから国内の事情よりかは海外の事情の方が詳しい。とりわけ朝鮮半島で起こっていることについてはアメリカの視点でだいぶ詳しくなった。日本での報道とアメリカでの報道は、意見が180度違っている。どっちがいいのかはわからないけど。

明日は日曜日。少し涼しいらしい。早く海外に行けるだけの資格をとって、未来の扉を開きたい。

 

少しずつ夏を思い出す

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今日は特に予定がなかったので、家でゆっくりと過ごす。原因不明の目眩がするから、用心はしているけれども。とはいえ、今日みたいに天気の良い日はテラス席のあるカフェに行って、コーヒーを飲みながら音楽を聴き、英語の勉強をしたり本を読んだりするのが気持ちいい。ビーチ・ボーイズのロックなんかがかかっていると、もう身の回りのことなんてどうでもよくなってしまうくらい気持ちが良い。

夏はすぐそこにあるんだなと気づかされる。ただ今週から東京でも梅雨入りするらしい。やれやれ。

あ、そういえばお付き合いしている人から、海外に行っても良いという許可を得た。結婚するまでの少しの期間、最後のモラトリアムに使えるのだろうか。そのために、英語もたくさん勉強して、CNN10のニュースくらいはスクリプトなしで理解できるようになりたい。そうそう、平日は毎日オンエアされるCNN10も、アメリカの学生が夏休みなるとのことで、8月13日まで休みに入るらしい。

そうか、アメリカはもう夏休みなんだなと思う。日本も、もう夏休みに入って2ヶ月くらいなにもかも放り出したっていいじゃないか。最近英語の勉強も兼ねて、外国の人が日本をどう見ているのかと思っていろいろな記事を読んでいるが、やはり日本の長時間労働や鬱の問題が多く取り上げられている。日本で発信される記事だけ読んでいても分からないことが多いため、本当に勉強になる。

コーヒーでもお代りしようかな。

愛犬の病気

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15年間一緒に育ってきた愛犬が、もう余命いくばくはと言われてしまった。先日の手術の際に全身麻酔をしたのだが、その副作用で腎臓にダメージがいってしまい、動くことはおろか食べることもできなくなってしまった。毎日点滴には通わせていて、それでも腎臓の機能が日に日に悪くなっていくので、再度入院に。いつ病状が悪化してもおかしくはないらしい。

一人っ子だった自分にとって、愛犬がそばにいてくれたことは本当に大きな意味を持つ。彼がいなかったら、きっと私の人生は間違った方向に行っていたに違いない。嫌な目や辛い目にあってこっそり涙を流した時でも、彼は黙ってそばに近寄ってきてくれた。どんなに遅く家に帰っても、尻尾を振って待っていてくれた。

彼が老犬となって目が見えなくなり耳も聞こえなくなった時でも、匂いでちゃんと見つけてくれた、手や顔を舐めてくれた。そんなパートナーとも言える犬が、もう少しの命だなんて受け入れられない。あんなに一緒に遊んだのに、もっともっと遊びたいなって思ってしまう。彼と一緒に眠ると、彼の寝息や匂いに安心してゆっくり眠ることができた。そんな彼が、今旅立とうとしている。

我が家に来てくれて、私たちは本当に感謝している。彼は、それで幸せだったか。きっと幸せだったに違いない。最後の最後まで、しっかりと看取りたいと思う。彼と過ごした時間は、きっと私の中に、いつまでも息づいているだろう。