木陰のなかの水たまり

日常のささいなことや、光や影について、ゆるく書いていければなと思います。

GWも終わりに近づいて

久しぶりの投稿である。前回の投稿から1ヶ月が経過してしまった。桜が散り、新緑が美しい季節となった。

この間私は本格的に転職活動を開始した。始めるまで知らなかったが、転職活動には職務経歴書と履歴書なるものが必須らしい。職務経歴書は、今までの仕事内容やアピールポイント、具体的な成果を簡潔に書く。参考例なんかを見ながら、今までの経験をブラッシュアップして、応募先の企業にマッチするように書く。外資なんかを受けると、英語のレジメを要求されることもある。

転職エージェントに登録し、対面や電話で現在の仕事内容、これからの志望企業なんかを話し、彼らが良かれと思ったものを紹介してくれる。エージェントは個人からお金を取ることはなく、転職した企業から紹介謝礼という建前で稼いでいるので、向こうも積極的に紹介してくれる。だから大量採用のブラックぽいところやこちらの意向を無視した求人も多い。むろん、転職市場価値が低ければ、それだけ紹介される求人も少ないわけだ。

ただ、こちらとしては費用がかからない上に、書類の添削なんかもしてくれてエージェントを使うメリットは多い。この1か月、仕事をしながらの書類作成だったが、なんとなく見栄えのするものが出来た。職務経歴書は職種ごとにある程度フォーマットが決まっており、そこに自分のものを当てはめていけば、少しは形になる。というわけで、添削してもらった職務経歴書と履歴書をいくつかの企業に提出し、6社の面接を受けた。

結果として、3社は辞退、3社は面接落ちということになった。9月頃までに決まれば良いと考えていたので、まぁこの結果はいいのではないか。

面接落ちに関しては、突っ込んだ質問に答えられなかっただとか、協調性に欠けるような発言をしてしまい、フィードバックでは率直な意見が書かれていた。3社落ちると、落ち込む。

辞退に関しては、こちらの予想と違ったこと(待遇、仕事内容など)や、面接官の態度が悪い(圧迫面接とはいえ、それはないだろうと思うもの)ことがある。この1か月は仕事後に企業に出向いたりエージェントに会ったりして結構疲れた。腰の重い私だが、結構頑張ったと我ながら思う。普段行くことのできない大企業に入ったり規模は大きくないがアットホームな企業もあったりで、実際に足を運んでみることは大切だと感じた。面接官の態度や発言には注意してしすぎることはない。彼らはその企業の顔であり、ほぼ間違いなくその企業の社風や文化を染まった顔をしているからだ。

これからの転職活動は、多少スピードが落ちるかもしれないが、もう少し頑張ってみたい。

 

それから人生で初めて宝塚を観劇した。しかも、兵庫にある宝塚大劇場でだ。ファンの人にしか楽しめない要素が多いと覚悟していったのだが、予想に反してオープンであり、楽しめたことは大きな発見だった。

 

春の長雨

忙しさが一段落ついた。この春の長雨で、きっと桜は散ってしまうだろう。桜よ、咲き誇ると同時に散る定めに、何を思うのか。

この1年間、君はずっと盛りの時期をを待ちわびていたのではないか。あるいは、これも自然の流れだと受け入れるのか。君がこの春の、穏やかな雨について何を思うのか、私は問うてみたい。シトシトと雨に打たれ、満開になるの花びらを落としながら、その地でこの春は君にとって、どのような意味を持つのか。

 

新入社員が沢山入ってきた。私は今回、歓迎会の司会を務めたりオリエンテーションの進行をしたり、似つかわしくない役割を振りわてられた。学生から社会人になり、まだまだ学生らしさの屈託のない無邪気な顔が、たくさん見られた。世間では、ゆとりだのマナーがなってないだの批判があることは承知している。私自身もマナーの大切さや立ち居振る舞いには気をつけるべきだと思う。

ただ、彼らを見ていると、どこかしら懐かしい、ずいぶん遠い昔に私自身から去っていったある種の感情を感じないわけにはいかなかった。恐らくもう2度と私の中には戻ってこない、ある種の感情を。

それは、将来に対する希望だったり不安であったり、全く未知なる世界と対峙したときに感じる想いだ。そこには打算もなく計画もなく、そびえる高い壁を目の前にして呆然と立ち竦す想いに似ている。これから様々なことを経験して、心の角張ったところが徐々に削られて、彼らも適合していくのだろう。そして彼らも大人になると同時に、何がしかの感情を忘れていくのだ。そして、間違いなくその青春特有の感情は、彼らの中には、もう2度と戻らない。

ほどよく風が吹き抜けるような、爽やかさと憂愁を帯びた想いを、今回彼らから感じ取ることができた。その想いは、私に過去を思い出させ、懐かしく暖かな想いに浸してくれた。しかし、そこに身をひそめるのはわずか数分だ。なぜなら、もうそれは私自身から去っていたったものだからだ。過去に経験し、ある時期とともにいなくなる。

これが成長するということなのだろう。彼ら自身も、きっと。

読書のちょっとしたコツ

本を読むことについて、拒絶的な反応をする人がたまにいる。何故と問うと、「本は難しい、読めない」という答えが返ってくる。読書は難しいものなのだろうか。読書というのは、活字を追いながら頭の中にイメージを描いていく作業である。もちろん世の中には難解な書籍も沢山ある。しかし彼らが言う「難しい」とは、そういう難解な書籍だけを指し示して述べているわけではない。本一般について苦手意識があるのだ。

思うに彼らの多くは、読書は教養を高めるために、知識を得るためにするものだと思っている。あるいは得なければならないと思っている。このような思いを抱きながら読書をするのは苦痛なはずだ。私も小学校や中学校の授業で、物語に対して解釈を決めつけられるのは我慢がならなかった。そこには個人の自由が入り込む余地は少なく、娯楽というよりかは学びの意識が多分にあった。

読書はもっと自由であるべきなのだ。そして、読書という趣味を持つにあたり、一番大切なことは、心の一番奥底まで響く本に出会えたかどうかである。幸運なことに、人生を揺さぶるような本に出会えた人は、その後の人生で本は、彼/彼女の良き友人になってくれるだろう。不運なことにまだ出会えていない人は、依然として義務感を伴って読書をすることだろう。良き友人を持った人は、その友人のことをもっと知りたいという欲求が生まれ、友人と会話をし、相手への理解はますます深まっていく。そしてその友人と出会えたことは、彼/彼女らの大切な価値となる。

そのような本に出会うためには、どうすれば良いのか。これは本当に偶然というか運命の出会いという気がする。ただ、なんとなく言えるのは、自分が本を求めたときに、向こうから近づいてきてくれることが多いように思う。自分が精神的に落ち込んだ時、声にならない叫びを発したとき、心から何かを求めたような渇望を感じたとき、そのとき私たしは運命の本に出会えるだろう。なぜなら、本というものは私たちの飢えを満たしてくれるものであるし、心の避難所のような役割を果たしてくれるからだ。本物の友達のように。

 

ただ、そうは言っても本を読むことにどうしても抵抗がある人もいるかもしれない。そこで私が実践しているちょっとしたコツを記そう。それは、線を引きながら読むことだ。では、どこに線を引けば良いのか。

まさしく「あなたが心揺さぶられたところ」である。どんなことでもいい。素敵な比喩だったり面白い言い回しだったり。あるいは純粋に読んでいて心ワクワクするところでもいい。そうすることで自然と読むスピードは遅くなり、内容は頭に入りやすくなる。加えて、続きから読み直すとき、本の内容を思い出しやすくなる。筆記用具がなければ、ページの端を少し折るだけでもいい。

 

そんなちょっとした工夫で、本は想像以上に身近に感じるはずだ。

忙しさの中の心の拠り所とわずかな努力

年度末、年度初めは忙しい。忙殺されながらも、春の陽光や柔らかな風に身をさらしていると幾分か心が優しくなる。職場の近くに桜の木があり、毎日少しずつ開花していく様子を眺めている。確かに新たな季節に突入しているようだ。

その他に、現在心の拠り所としているもので、読書がある。今読んでいるのはドストエフスキーの『死の家の記録』だ。学生時代からロシアの文学が好きで、とりわけドストエフスキーには取りつかれたように読みあさった。当時10代だった私は、彼の作品には人生において大切なものが全て記されていると思っていた。『罪と罰』を手にしたとき、過去に体験しことのないような心の震えがあった。『白痴』や『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』はさらにそれを上回るものがあった。

一般的に、ロシア文学は難しいと敬遠される傾向にある。しかしこれは全くの誤解であると言いたい。なぜなら、文章は極めて読みやすく(素晴らしい翻訳のおかげで)、内容も大枠で捉えると込み入ったものは少ないからだ。確かに人名は覚えづらい。本も数千ページあるため読み終えるまでにある程度の基礎体力が必要となる(読み進める体力)。しかしこれらを鑑みても、行間を追うごとにイメージが頭の中に自然と膨らんできて、勝手に物語が進行していく様子は、読んだことのある人は認めるところだろう。

ドストエフスキーが現代まで読み継がれているのは、訳が良いのはもちろんだが、彼の小説が人間の内奥を徹底して描写しているからだろう。と同時に、思想や人間関係や、人生についてを1つのところに全て書いてそれをうまい具合に収束させていることにある。

彼の作品にはとんでもない人物がたくさん出てきているが、彼の筆でそれらの人々を描くと、どこかしら愛に包まれることになる。私は、彼の本を拠り所とすることで、現実から逃避している。現実を忘れることは、ときには必要なものなのだ。特に行き詰まっているようなときには。

 

転職サイトなるものに登録してみた。改めて世の中には膨大な職業があるんだなと思う。世界の成り立ちのようなものを、そのサイト1つから感じ取ることが出来た。とりあえず、1日30分。それ以上でも以下でもなく、それらに目を通して、気に入ったものは応募する。習慣付けが大切なのだ。

アイスランドでの出会いから

ほのかな灯火が風で吹き消されないように、私にはそっと手で守り続けている友人がいる。私たちの関係は、日本と台湾という近いようで紛れもなく遠い距離で隔てられている。そのためか、私はよくその人に想いを馳せ、元気に過ごしているかと想像するのである。私とその人は、私が18歳のときにアイスランドで出会った。

18歳の夏休み、私はアイスランドにひとり旅をした。正確に言うと、写真を学びに行ったのである。18歳で一人で海外に行くなんて無謀ではないか、と思われるかもしれないが、振り返ってみると本当に無謀な決断だった。なにせ当時の私は一人旅なんかしたこともなく、海外にすら行ったことがなかったのだから。しかし当時の私は、なんて暑くて長い夏休みなんだと思い、「息を呑むほどの絶景」と謳い文句につられ、気が付けば航空券を買っていた。ツアーや留学ではなく、純粋に航空券だけを買ったのである。

親に相談すると、ああ、そう行っておいでと軽々しく承諾した。私も事の深刻さを理解せず、ガイドブックも読まないまま、航空券片手に成田へと向かったのだった。シンガポールとロンドンで乗り継ぎ、気がつけば真夏のアイスランドの広大な大地を踏みしめていた。なんと奇跡的なことだろう。今ではアイスランドに辿り着ける自信さえない。今でこそ、アイスランドはエコな国として、あるいは温泉やオーロラで有名になっているが、当時は、え、アイスランドアイルランドじゃなくて?という認知度だった。

そんな国に、18歳の私がキャリーバッグを引きずりながら、3週間も滞在したのである。アイスランドは人種的にゲルマン系が多く、白人の中でもさらに白く、ブロンドの髪はさらに輝いている。その中でアジア系の私は、目立っていた。下手をすると、中学生とも認知されかねない風貌で、街を闊歩していたからである。

その年の夏は、イタリアから著名な写真家がアイスランドに滞在し、時折オープン講義が開催された。写真に魅せられていた私はその講義に潜り込み、世界中からやってきて「真剣に」写真を学ぼうと志す人たちと時を過ごしたのだった。もちろんアジア系の人は皆無だ。その、台湾人の人を除いては。(つづく)

昨日のそれが、明日のあれになる

この3年間、私は常に停滞している気がする。ちょうど3年間だ。なんだか将来に対して漠然とした悩みを持っている。悩みは大きく分けて2つある。1つは仕事について、もう1つは結婚について。

1つ目の仕事については、割と深刻だ。私は現在、とある機関で働いている。専門職でもなければ、営業でもなく、一般的に事務と言われている職種だ。デスクワークが多く、人事や給与関係に携わっている。しかし組織の問題なのかキャリアパスが全く見込めない。5年後、10年後自分が何をしてるのかもわからない。そして自分がここの組織でどうなりたいかという理想も掴めない。給与も業績の関係で上がる予定はない。組織はどんどんギクシャクしサービス残業が横行している。いわゆるブラック企業だ。早急に転職を考えるべきなのだが、何故だか腰が重く躊躇してしまう。属している組織に全く愛着がないので、すぐにでも移りたいところなのだが。時間の経過とともに転職の機会を失い続けていると思うと、日毎に心は暗くなる。

2つ目の結婚については、まだ猶予がある。が、転職のことや将来が見通せない以上、身を入れて考えることができない。今お付き合いしているパートナー(異性)とは少しずつ結婚の話も出てきている。しかし肝心な具体的なところを突っ込まれると返答に窮する。相手だって、転職しようとしている人間なんかと結婚はしたくはないだろう。第一、今の相手は私の転職を好ましく思っていない。1つのところで頑張りなさいというタイプだ。だからなかなか今の職場を変えたいという悩みを打ち明けることができない。そういう価値観の不一致も頭を抱える。この人と、一緒にいて大丈夫だろうか、と。

上記のような悩み(というか自分への問いかけ)について、もう3年も悩んでいる。3ヶ月ではない。3年間だ。3年と言ったらとても長い期間だ。決断力と行動力と実力を備えた人であれば、この3年間でいろんな物事を好転できるだろう。そして異なる道を切り開けるだろう。時間が経過すればするほど、一体自分は何をやっているのかと自問自答せずにはいられない。何も考えずにどんどん行動していければ良いのだが。

4月から年度が替わる。この1年間、少しでも状況が好転できるよう何とかしたい。

 

ブログを通じての思わぬつながり

はてなブログをはじめて、毎日更新するようにしている。文章を書くのは頭の体操になるし、何を書こうかと頭の中を探る感覚も楽しい。まるで頭を切開して、中に何が入っているのかを1つずつ確認しているようだ。そこに存在してる悩みとか感情なんかを手に取って、文章に置き換える。思考を整理するうえで、積み重ねると役に立つんじゃないかと思う。

日記のようなブログなので、基本的には自分のためである。だから開設した当初、こんなブログ誰も見ないだろうと思っていた。そんなもの好きや暇な人はいないだろうと。しかし30回ほど更新していくと、一日に1~5人ほどの人が訪れるようになった。これは自分にとっては大変な驚きであった。世の中には一日に何万というアクセスを稼ぐ人もいるそうだが、私にはそういうのに興味がない。しかし1人でものぞきに来てくれるのは嬉しいことだ。十分すぎるくらいだ。

一般的に、読者が増えれば内容は迎合的になると言われている。どんなマスコミだって、視聴者や読者が増えれば、扱う内容はどんどん平凡になっていく。新聞なんかが良い例だ。最初はその論評の斬新さで目を引いていたものも、普及すると同時に誰も見もしなくなる。この現象はマスコミだけでなく、全ての物事に当てはまるだろう。

ただこのブログに関しては、自分の心に素直でいたい。そうしないと、そもそも開設した目的とずれてきてしまう。だからもし訪れる人がいた際は、たいへんありがたいと感じるとともに、申し訳ない気持ちもある。このブログがあまりにも自分本位な内容だからだ。

しかし、先日、1人の訪問者がコメントを残してくれ、交流するようになった。インターネットを通じて人と交流することは、私にとっては初めてである。それにその方は人ととの関わりを大切にされているし、その方の日常を切り取る視点にも心惹かれる。私自身の個人情報がすべて匿名なのに(ブログで述べているのは関東近辺在中くらいか)、私が綴る文章に興味を持っていただいて、非常に光栄だ。このような交流がずっと続けばと願う。

ブログをはじめて良かったと思う、最近の出来事である。