Lonely Planet with FilmCamera

孤独な地球を写して

iPadの不調について

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愛用しているiPadの調子が悪くなってしまった。特定の文字を入力するとフリーズしてしまう。それ以外は問題はないのだが、何かの拍子にその文字を入力すると全てがパーになるので結構ヒヤヒヤものである。購入して2ヶ月経っていないため、怖くなってサポートへ電話した。

初めてサポートには連絡したが、割と迅速な対応をしてくれたと思う。サポートの人も原因は不明だという。いろいろ検査をして本体に問題がないことがわかったので、恐らくは内部の問題だろうと。この現象をアップルのエンジニアに連絡をして5日後に回答が来るらしい。それを見て、修理もしくは交換になるようだ。

iPadを落としたり破損したりはしていないので、なぜこうなってしまったのか不思議だ。そのフリーズ現象以外については全く問題は見受けられないので、正直こうなってしまってとても残念。これからも使い続けたい端末だし、私の英語学習にはこれが不可欠だ。是非とも復活してくれることを望む。

 

豊洲の海と映画鑑賞

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豊洲に海を見に来た。今住んでいるところから割と近かったので、久しぶりに豊洲ららぽーとへ。前来た時は土日だったからすごく混んでいて煩く全然楽しくなかったが、今日はとても空いていて静かに過ごすことができた。こういうとき、平日に外出できる喜びを感じる。豊洲埋立地と再開発地が合わさっているので、街は何というかとっても人工的。その分だだっ広くて良いのだが。私は江東区民なので、豊洲とか埋立地は好きなのだが、将来もここに住み続けたいかと言われたら絶対に嫌だと思う。もっと自然が多いところが良い。そしていろんな年代の人がバランスよく暮らしているところの方が良い。

豊洲や月島あたりを自転車で走っていると、タワーマンションが多いことに驚く。あと数十年したら、この街はどうなってしまうんだろうとちょっと心配に。人口も激減してるだろうし、建物の老朽化も一気に来るし、何より住人が高齢化しゴーストタウン化するのは目に見えている。もちろん、災害の危険性は高い。西日本豪雨のようなものが関東を襲って、隅田川や荒川が氾濫でもしたら、この辺一帯は一気に終わり。考えただけでもゾッとする。

海を見てリラックスしたあと、あまりの暑さにららぽーとへ戻り、映画を鑑賞。アクション映画を満喫し、気分は天気のように爽やかだ。

 

スポーツジムとカラマーゾフの兄弟

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家でじっとしているのもあれなので、スポーツジムに通うことにした。療養中のため激しい運動はできないが、多少は身体を動かした方が心身のためにも良いだろう。以前通っていたスポーツジムは実家の近くで、住宅街の中に位置していたため、お年寄りの社交場と化していた。しかし都内に一人暮らしをし始めたので、人生で初めて都心のスポーツジムに行く。値段は多少割高な気もしたが、都内の店舗はどこでも利用可能というのも嬉しい。それに都内のスポーツジムは日中とても空いている。住宅街では一日中ずっと混んでいたため、案外入会してよかったと思っている。それに都内のジムはなんとなくドライで、あんたたち好きなように運動したら?っていう雰囲気が醸し出されている。そういうのもありがたい。

連日のニュースで40度近く気温が上がり、熱中症に気をつけてくださいと報道している。こんな気温で外を歩いていたら本当に倒れそうだ。だから少しでも身体を動かしてこの夏を乗り切りたい。

あ、療養中で時間ができたので、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読み始める。学生の頃はかじりつくように読んだのに、テーマが大きすぎて、この年齢になって読むのは正直しんどい。古典的名著のベスト3に入ると思っているが、あのくらい大きなテーマを扱える小説はもうこれから出てこない気がする。これまでの歴史で散々語り尽くされてしまったし、この科学が発展した時代に、カラマーゾフの兄弟を読もうという人も減っているのではないか。なんなら授業でちょっと読んでみよう、それも2000ページ近くある小説のほんの一部分だけで満足してしまうはずだ。それにもかかわらず、かの有名な大審問官のくだりでは息を飲むほど素晴らしい。こんな小説を書ける文豪は、きっとドストエフスキーだけだったと思う。この小説が現代まできちんと残されているのは、人類の大きな財産だ。それに随分前に翻訳されたにもかかわらず、平易な日本語で訳してくれた訳者も大きな功績を残したと言える。ゆったり気長にカラマーゾフを読了しよう。

 

最近はもっぱら、通院です

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仕事を少しお休みしてから、最近はもっぱら通院である。今般の体調の悪さは自分でもびっくりするくらいで、治ったと思っても数日後には別の形で体調が悪くなり、腰を据えてじっくり検査をしないとなと思っていた。少しずつ判明してきたことがある。

まず、尿膜管遺残症といって、へその緒が未だに体内に残っており、これが炎症を起こしているらしい。自分の身体の中に、へその緒が未だにあるなんてびっくりだ。友人曰く、生まれた時の忘れ物だという。確かにその通り。そしてこのへその緒が、MRSAという細菌によって感染している。MRSAというのは厄介な細菌で、なかなか薬が効かないようだ。それで数少ない抗生物質を服用しているが、その抗生物質に対して、自身の身体がアレルギー反応を起こしている。これが、今現状で分かっている体調の悪さの要因だと言う。

ここまで判明しただけでも大きな一歩。しかし、正直治療は手詰まりだ。なんでも数少ない薬に対してアレルギー反応を起こしているとなると、残る選択肢は入院治療か外科手術による感染源の除去のみ。できればそんな大掛かりな治療はしたくない。入院なんてしたら余計に身体が弱ってしまいそう。だから何とか治したい。

そして尿膜管遺残症が治っても、今度は薬アレルギーの検査が待っている。抗生物質は今後もお世話になるので、その度ごとにショック状態に陥っていたらたまったものではない。だからこちらもしっかりと医師に相談して付き合っていく必要がある。

これから長い期間にわたって治療をしていくが、どうなることか。自分でも心配だ。

連日の大雨について

 

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連日の大雨で被災した方々は本当に大変だ。多くの人が指摘するように、民放キー局は報道の仕方をもう少し考えたほうが良さそうだ。東京で通勤時間に小雪が舞うのと同じくらいの分量でしか報道していないのではとも思ってしまう。まぁここで報道の少なさを嘆いただけでは、この複雑な仕組みは何一つ変わらないのだけど。だから、この災害に住む地域の方々は、どうか負けずに、日々生き抜いてほしい。

最近体調を崩す機会が多くなった。それも1つの体調の悪さから芋づる式にどんどん連鎖していってしまう。どの症状も根本は同じな気がする。ここらで1回心身共にリセットしたほうが良いと、私の心が告げている。

だから職場には迷惑かけるし、自分でもどうかと思うがちょっと思い切って休養の時期に入ろうかと思う。こんなことはただのサボりだとか怠けだとか言われることも最もで、自分でもそれを痛感しているから。だから心身の休養と言っても自分の中でどれだけ納得して休養に入るかと言われても余計苦しくなるだけなんだが。

日曜日の夕暮れ

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もう時刻は17時をまわり、そろそろ日が暮れる時刻となる。夏至も過ぎ、少しずつ太陽の出番が少なくなってくる。日曜日のこの時間はとても寂しい。週末が静かに手を振りつつ去っていくからだ。明日からはまた平日が顔を出す。現職についてから、平日が出勤日で平日に休めることはほぼない。前職は土日関係なく勤務があったので、平日に休みがあることは当たり前だった。今思うと、平日に休みがあることは幸運だった。病院にも行けるし、市役所や銀行にも行ける。土日の連休がない代わりに、5日間も連続で働くこともなかった。言っちゃ悪いが、5日間も連続で働くなんて、身体に悪いんじゃないかと思っている。

よって前職では日曜日のこの時間に寂しいと思ったことはなかった。平日5日間働いて、週末休んでというリズムが身体に染み付いてから、いつの間にか日曜の夕暮れが寂しいものとなった。

身体を鍛えたり、本を読んだり英語の勉強をしたりしたいのに、何せ時間が足りない。時間は作るものだというけれど、これ以上どこを削って生活すればいいと言うのか。それでも色んなことに時間を費やせている人もいるわけで、彼らを私のどこに違いがあるのか、問うて見たい。日曜の夕暮れは、とにかく寂しい。

雨の日の再会

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今日は雨。梅雨らしい気候だ。雨は嫌いではないが、何せ洗濯物が乾かない。一人暮らしでもヒイヒイ言っているのに、ご家庭を持っている方々はどのように対処しているのだろうか。

今日は久々に友人に会ってきた。友人に会うなんて、3ヶ月ぶりだ。この間、お付き合いしてる方以外では、誰とも会っていない。だから友人に会えることを前々から楽しみにしていたのだ。

その友人とは学生ぶりで、定期的に連絡も取っていなかったから、一体どこで何をしているのかも分からなかった。会って見ると、紆余曲折ありながらも日々を楽しんでいるようだった。学生時代の印象では、素直で謙虚、そして実直に前に進むタイプの方だと思っていた。実際、今日会ってみてもその印象は変わらなかったのだが、もう1つ、自分の行ってきた事柄に対して、自分なりにちゃんと評価している強さを私は認めた。多くの人は自分が行ってきたことに対して、それがうまくいっていない場合には悲観的になったり自虐したりするものだが、その人は飽くまで公正に自分の行ったことを評価しているようだった。それができるのは、良い意味でも心の強ささだと、私は思っている。

学生の頃から自分のペースで努力している友人に、勇気をもらった気がする。会えたこと、私は嬉しかった。